ぼっちママのぼちぼち育児

高齢出産のち男児持ちになりました。ぼっちママの育児記録。

『標準』でいたい、という呪い

社内ではわりと寡黙な真面目系キャラで通っているのですが、実際のところはそうでもないemanonです。

直属の上司が二人目出産だとかで、有志でお祝いを包むよとかそんな社内メールに「他人の幸せって砂利の味がするわー」と思いながらそっ閉じする程度の真面目系クズ。

 

でも「他人の幸せが妬ましい」レベルはまだまだ甘いんだって!

「えっ…大丈夫?底辺ブラック企業の奴隷管理職だよ?二人目とか作っちゃってバカなの?死ぬの?」って思うのがうちの旦那。

旦那もクズでーす。

 

私の場合、実際に子供二人が羨ましいというより、「子供は二人がスタンダード」っていう自分の価値観に未だに縛られてるのが大きい。

『自分で自分に呪いをかけているようなものよ』(逃げ恥)ってことかな。

「世間の標準でいたい」、「標準であるべき」っていう呪い。世間一般では子供は二人(かそれ以上)ほしい、ってのがまだ主流だしね。

 

考えてみればこれまでも、進学するのが普通、就職するのが普通、って「自分がどうしたいか」を二の次にしてただただ『呪い』に従ってきた気がする。やりたい事がないから就職活動で躓くという、真面目系クズの典型だったわ。

 

まあ「普通」の定義は時代と環境で異なるから、あれだけどね。

うちは母が兼業だったから、『専業主婦が普通』とはならなかったけど、自分は幼稚園だったので、息子くんを0歳で保育園に預けるのは結構抵抗があったなぁ。

 

この『標準であるべき』の呪いって、世間の実情とか正確な数値はあまり重要じゃなく、自分の経験が即ち『標準』でありそこに照らし合わせて当てはまらないところに感じる抵抗感、という事なのかもなあ。

などと思った。

 

まあともあれ、迷いなく子供二人目を望む選択ができるメンタルと環境とを持ってる(であろう)相手が妬ましい、のは紛れもなく事実。ないものねだりのクズです。

 

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